久しぶりに千曲川の流れを見つめ自分自身を振り返ってみました。

私の自宅から千曲川の岸までは歩いてわずか10分足らずです。今日はふと思うことがあって千曲川の流れを見つめに行ってきました。
私はここで生まれここで育ち、ここで家業に精出してきました。子供の時から千曲川で遊び偶然なことですが二人の幼友達をこの川で失っています。
だから千曲川は私にとって特別な川なのです。
一人は私の工場で定年まで働いてくれた人の子供でした。歳は私より2歳下でした。彼が小学校1年生の時のことですからもう60年前のことです。
その時その子の母親がうちへ来て社長何とかしてくれ。探してくれ。と言って泣きじゃくっていたことをはっきり覚えています。

もう一人は私より3歳下の野球友達でした。あんな運動神経のいい子がなぜとその事故の時思いました。これも彼が小学校3年生の時のことですから、
もう55年ほど前のことです。
私は千曲川を恨んではいませんが特別な川として近づくことはありませんでした。でも今日はふと二人のことをお参りしようと千曲川に行ってみました。
不断はとうとうとした流れの川で多くの文人が素材にした雄大な川です。日本一長い川です。
でも川は生き物です。荒れると手が付けられません。田畑をうるおし、飲料水にもなる千曲川もひとたび荒れると手が付けられなくなります。

私は1時間ほど千曲川の流れを見ていましたが、私の人生の一コマ一コマに千曲川が出てきます。
1時間の短い時間でしたが自分の人生の喜びも悲しみも全てのことをも考えることが出来ました。
そして95歳の施設に入所している母の面会に向かいました。